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福岡地方裁判所小倉支部 昭和48年(ワ)364号 判決 1978年5月26日

原告

田中義男

被告

柏尾信広

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、金二、三六六、四三七円及びこれに対する昭和五〇年四月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担、その余を被告らの連帯負担とする。

四  本判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告に対し、金九、〇九三、九五九円及びこれに対する昭和五〇年四月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  1項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

二 請求原因

1  被告柏尾は、各種自動車の修理等を業とする被告株式会社中嶋自動車修理工場(以下「被告会社」という)に整備工として雇傭され、自動車の修理完了後の試運転等の業務に従事しているものであるが、昭和四七年二月一六日午後二時頃、被告会社において修理を引き受けこれを完了した訴外株式会社高田運送所有の普通貨物自動車(北九州一あ一一二〇号)を試運転のため運転し、北九州市八幡西区熊手町方面より同東区中央町に向け進行中、同西区西神原の信号機の設置してある交差点(以下「本件交差点」という)にさしかかつた際、前方不注視の過失により、前方で対面赤信号待ちのため停車中の原告運転の軽自動車マツダキヤロル(北九州八い一三五二号)に自己運転の右普通貨物自動車を追突せしめ、原告の右車両を大破したうえ、原告に対し頸部挫傷等の傷害を負わせたものである。

2  原告は右受傷治療のため、昭和四七年二月一六日から同年三月二八日まで四二日間岡外科医院に入院、その後同年四月二〇日までの間に一四日同医院に通院、同年四月二二日から昭和五〇年四月まで新日本製鉄病院に三九九日通院、その後現在まで中村外科医院に通院中であるが、左腕のしびれ、頭痛等の後遺障害が継続し、その障害等級は少なくとも第一二級に該当する。

3  右により原告の蒙つた損害額は次のとおりである。

イ  休職損害 計金四、七二〇、五一三円

原告は、大正九年三月七日生まれの健康な男性であつたが、前記受傷のため、昭和四七年二月一六日から昭和五〇年二月一六日まで勤務先の新日本製鉄株式会社(以下「新日鉄」という。)を欠勤し、同日付で病気休職期間満了により同社を退職した(定年満期は昭和五〇年三月三一日)。本件事故前三ケ月の収入は、昭和四六年一一月分給与金一一四、五五四円、同年一二月分給与金一一五、二五四円、昭和四七年一月分給与金一一一、八三八円で、その月平均は金一一三、八八二円であつた。そこで、右休職による収入減は次のとおりとなる。

(一) 月例給与 分金二、六七六、四一三円

右三ケ月間の新日鉄男子技術職社員の月平均給与は金一〇四、六八九円であるので、原告は同社平均に対し一・〇八七八倍の受給実績を有することになるが、同社従業員であることを誇りとして真面目に勤務していた原告の勤務状況からすれば、本件事故なかりせば右実績は定年満期退職まで継続したものと推認されるから、昭和四七年二月から昭和五〇年二月までの推定月例給与の損害は別表其の一のとおり金四、六二五、二九〇円となる。しかし、原告はその間、被告らに対し健康保険法により求償権を有する新日鉄健康保険組合から傷病手当金一、九四八、八七七円を受領しているので、これを差し引くこととする。

(二) 賞与分 金一、〇九四、一〇〇円

昭和四六年年末賞与について、原告受給実績金一七四、八〇〇円に対し、新日鉄男子技術職社員の平均は金一四〇、〇〇〇円であるので、原告は同社平均に対し一・二四八六倍の受給実績を有することになるが、前同様の理由により、右実績はその後も継続したものと推認されるから、昭和四七年から昭和四九年までの推定賞与の損害は別表其の二のとおり金一、〇九四、一〇〇円となる。

(三) 退職金分 金九五〇、〇〇〇円

原告は昭和二四年二月二七日新日鉄に入社し、勤続二六年二月で五五歳定年退職時における退職手当支給率は六一・四一四ケ月分であり、同手当計算用基本給は月額金八八、一〇〇円であるから、原告が本件事故により休職しなかつた場合は、当然右を計算の基準とする退職金の支給を受けられたものである。そこで、右推定退職金を計算すると金五、四一〇、六〇〇円(一〇〇円未満切上)となるところ、原告が昭和五〇年三月に支給を受けつた退職金は金四、四六〇、六〇〇円であつたので、その差額が損害となる。

ロ  逸失利益 金一、八七三、四四六円

原告の前記後遺障害の完治の見通しは困難であるが、原告は元来四肢健康で本来ならば少なくとも六五歳まで稼働し得る能力を有していたものであるのに、本件事故により受傷し、右後遺障害を生じたものであるから、その労働能力喪失率を一四パーセント、就労可能年数を九・三年とし、五五歳における男子労働者平均年間賃金一、六八四、三〇〇円を基準として、右期間内の逸失利益現価(昭和五〇年四月一日基準)をホフマン係数(七・九四五)を用いて計算した。

ハ  慰藉料 金二、五〇〇、〇〇〇円

本件事故は被告柏尾の一方的過失により惹起されたものであつて、原告は、男子一生の仕事として二六年の永きにわたり誇りを持つて勤務した新日鉄(事故当時技術職社員、主担当)を上司、先輩、後輩、同僚から定年退職の花道を拍手をもつて見送られ、将来もいわゆる「製鉄マン」としての生き甲斐を生活の中心として飾るべきところ、その意に反して休職、退職のやむなきに至り、現在も精神上、肉体上多大の苦痛を蒙り、将来においても前記後遺障害に悩まされるものと思料されるが、被告らは右損害賠償につき全く誠意がなく、よつて叙上の苦痛を金銭に評価すれば、少なくとも金二、五〇〇、〇〇〇円(入、通院時から現在までの分金一、五〇〇、〇〇〇円、将来の分金一、〇〇〇、〇〇〇円)を下らない。

4  よつて、原告は、被告柏尾に対しては民法第七〇九条により、被告会社に対しては自動車損害賠償保障法第三条本文により、連帯して、以上の損害合計金九、〇九三、九五九円及びこれに対する本件事故後で逸失利益現価算定基準日である昭和五〇年四月一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二 請求原因に対する認否

1  請求原因1項のうち、被告柏尾の過失及び原告運転車両が停車していたとの事実は否認し、その余の事実は認める。被告柏尾が追突したのは、原告の車両が本件交差点で急停車したためである。

2  同2、3項の事実は不知。

三 抗弁

原告は自動車損害賠償責任保険金を、昭和四七年四月一八日金一〇〇、〇〇〇円、同年七月一一日金一〇〇、〇〇〇円、それぞれ受領した。

四 抗弁に対する認否

認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1項のうち、被告柏尾の過失の有無及び原告運転車両が停車していたかどうかを除く事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、二号証、第一〇ないし第一三号証及び原告本人尋問の結果によれば、被告柏尾は、小雨の中を時速約三〇キロメートルで原告運転車両に追従して進行中、本件交差点手前で対面信号が黄色に変わつたのを認めたが、原告車はそのまま右交差点を通過するものと軽信し、その動静を注視することなく漫然と進行を続けた過失により、原告車が右交差点直前で赤色に変わつた対面信号のため停止したのを前方約六メートルに認め、あわてて急制動の措置を講じたが及ばず追突したものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、被告柏尾は民法第七〇九条、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条本文により、連帯して、原告が本件事故で蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

二  請求原因2項の事実についてみるに、成立に争いのない甲第四九号証、証人岡舜二の証言により成立を認める甲第七号証、証人田中力の証言により成立を認める甲第四一号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により成立を認める甲第七五ないし第七七号証、証人岡舜二、同田中力の各証言、原告本人尋問の結果に、鑑定人篠原典夫の鑑定結果を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

1  原告は昭和四七年二月一六日本件事故後直ちに岡外科医院に赴き診察を受けたところ、軽度の全身シヨツク症状が認められ、後頭部から頸部・両肩・背部に放散する疼痛を訴え、特に頸部の腫れ・抵抗圧痛が顕著であり、頭痛・頭重感・吐気を伴い、中等度の頸椎運動制限があつたので、頸部挫傷と診断されたが、当日撮影されたレントゲン写真では、頸椎々体に骨折はないが、椎体の骨棘形成を主体とする変形性脊椎症が認められ、これは多年に亘つて徐々に生じた退行性病変であること。

2  原告は右事故当日から同年三月二八日まで四二日間岡外科医院に入院して治療を受け、その間眩暈、両上肢外側部のしびれ感を訴えることもあつたが、症状がかなり軽快したので、医師の指示により通院治療に切り替え、同年四月二〇日までの間に一四日右医院に通院したこと。ところが、その通院中、腹痛・背部痛・腰痛をも訴えるようになつてきたので、右医師は諸検査の結果、右のような痛みは前記変形性脊椎症に基因するものと考え、更に総合的な検査の可能な新日鉄八幡製鉄所病院に転医させたこと。

3  同年四月二二日の八幡製鉄所病院での診察では、左第三ないし第五指知覚鈍麻、頸椎・胸椎後方屈曲制限、握力右四〇キロ・左二六キロ、項、背部痛が認められ、その後昭和五〇年四月初め頃まで欠勤を継続して一週間二、三回の割合で右病院に通院し、その間頭がふらふらする感じを訴えるようになつたほか、右諸症状にはさしたる変化も認められなかつたが、担当医師の判定では職場復帰は不可能ではなかつたこと。

4  原告は昭和五〇年四月九日以降自宅に近い中村外科医院に転医し、同年一〇月一一日までの間七五日通院したが、その間同年九月一八日からは福岡県済生会八幡病院にも通院するようになり、その後現在まで一週間一回の割合で同病院に通院して治療を続けているが、「左半身の自由がきかない。しやがもうとすると左側腹部から左大腿にかけてこわばつた感じがする。左上肢の完全麻痺。後頭部が自分のものでない感じがする。頭が痛い。痰がつまる。側頸部の疼痛。寝ていると背中が痛い。」などの極めて多彩で不定な自覚症状を訴えていること。

5  しかしながら、原告の神経根症状諸検査はいずれも陰性であり、両上、下肢の腿反射も正常に存在し、同部位に他覚的な知覚障害や筋萎縮もみられず、本件事故の衝撃による頸部挫傷に由来すると考えられる他覚的所見は、わずかに頸椎近傍筋肉の圧痛のみであり、脊髄神経にまで及ぶ損傷はなかつたものと判断されることからして、原告の訴える前記諸症状は、原告の顕著な執着的性格、長期間の頸椎固定(ポリネツク着用)の影響、事故前から存在したと考えられる変形性脊椎症等が複雑に混在して発現しているものである(但し、右諸症状のうち側頸部の疼痛は、本件事故の衝撃による頸部挫傷後遺障害と考えられ、その障害等級は自動車損害賠償保障法施行令別表第一四級第九号に該当する)こと。

三  しかるところ、成立に争いのない甲第四五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故前は、新日鉄八幡製鉄所に技術職主担当社員として勤務し、灸鋼部軌上工場精窯工として鉄板の穴開け・切断等の相当な重労働に従事し、身体にさしたる異常はなく、殆んど欠勤もなかつたことが認められるので、反証のない限り、その訴える前記認定の諸症状はいずれも本件事故に基因するものと認めるほかはないが、原告には本件事故前から変形性脊椎症が存在していたことは前記認定のとおりであり、頸部にかかる負因を有する執着的性格の者が交通事故により頸部に外力を受けると、正常人の場合に比べ、予想以上に症状の増悪をみることのあり得ることは一般に承認されているところであるから、このことと本件事故の態様(特に被告柏尾運転車両の前記速度及び原告本人尋問の結果により成立を認める甲第八、九号証により認められる双方車両の破損状況から推認される追突の衝撃の程度)を併せ考えると、原告に本件事故当時右の変形性脊椎症がなく、執着的性格も顕著でなければ、右諸症状をもたらすことはなかつものと推認するのが相当であり、この意味で、原告の前記認定の諸症状全部は、本件事故による衝撃と原告の右変形性脊椎症及び前記認定の如き原告の顕著な執着的性格とが競合した結果であると認めるのが相当である。

四  進んで、請求原因3項の事実についてみるに、原告が前記認定の受傷及びその後の諸症状によつて蒙つた損害は後記のとおりであると認められるが、不法行為に基づく損害賠償責任は、社会生活上発生する損害を誰にどのように分担させるのが公平であるかという観点から定めるべき性質のものであるから、不法行為と損害との間に自然的因果関係の認められる場合においても、その発生した損害が他の要因にも大きく基因していて、その全損害を不法行為者に賠償させることが却つて公平の観念に反する結果となると認められるときは、不法行為の寄与度に応じ、その限度で相当因果関係が存するものとして、加害者に損害賠償責任を負担させるべきものとするのが相当である。そこで、前記認定の事実によれば、原告が現在訴えている諸症状の殆んどは専ら変形性脊椎症と原告の顕著な執着的性格に基因するものであることが明らかであるところ、右諸症状の発現及び継続には心因的要素が極めて強く影響することは一般に承認されていることからして、原告の右執着的性格による影響は極めて強いものと認めるのが相当であるから、当裁判所は、本件事故の寄与度に応じて被告らの賠償額を認定するにつき、特に右の如き原告の性格を重視すべきものと考える。

1  休職損害 計金一、四一六、一五四円

成立に争いのない甲第四四ないし第四八号証、証人菅和彦の証言及び原告本人尋問の結果、並びにこれらにより成立を認める甲第一四ないし第四〇号証、第四二、四三号証、第五一ないし第七四号証、第七八、七九号証によれば、原告の休職損害はその主張のとおり計金四、七二〇、五一三円となることが認められるが、これに対する本件事故の寄与度は、前記認定の一切の事情を参酌すれば三〇パーセントと認めるのが相当であると考えられるから、右の三〇パーセントに当たる金一、四一六、一五四円を被告らの賠償額と認める。

2  逸失利益 金六五〇、二八三円

原告主張の後遺障害による逸失利益については、以上説示の理由に基づき本件事故の寄与度を参酌して、前記側頸部の疼痛(自動車損害賠償保障法施行令別表第一四級第九号該当)によるもののみを被告らの賠償額と認めるのが相当であるところ、原告本人尋問の結果に、厚生省作成の昭和四七年度簡易生命表、労働省作成の昭和五〇年度賃金構造基本統計調査報告、昭和三二年七月二日労働基準局長通達(基発第五五一号)別表「労働能力喪失率表」を総合すれば、反証のない限り、原告の逸失利益現価は、五五歳で前記新日鉄を退職したのちの昭和五〇年四月一日を基準日とし、以後六五歳に達する昭和六〇年三月まで、その労働能力喪失率を五パーセントとし。その間原告主張の男子労働者平均年間賃金一、六八四、三〇〇円を基準として、年五分の中間利息の控除につきライプニツツ係数(七・七二一七)を用いて計算するのが相当である。

(算式)1684300×0.05×7.7217=650283

3  慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円

原告本人尋問の結果に以上認定の事実を総合すれば、原告はその主張のとおりの苦痛を受けていることが認められるけれども、これに対する本件事故の寄与度を参酌すれば、被告らの賠償すべき慰藉料は右の金額をもつて相当と認められる。

五  最後に、抗弁事実は当事者間に争いがないので、原告の受領した保険金二〇〇、〇〇〇円を前記被告らの損害賠償額から控除すれば、残額は金二、三六六、四三七円となるので、被告らの連帯して原告に対し、右金二、三六六、四三七円及びこれに対する本件事故後で前記逸失利益現価算定の基準日である昭和五〇年四月一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷水央)

別表其の一

<省略>

別表其の二

<省略>

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